みなさんは、ヒプノセラピーにどのような印象をお持ちでしょうか。
当サイトでもご紹介していますように、ヒプノセラピーは、フランスやマレーシアなど欧米・アジアの他国では、医療やメンタルケアの現場で幅広く取り入れられている心理療法です。
近年は、脳科学の観点からも、そのメカニズムが明らかになりつつあります。
特に2000年以降、脳波の測定技術が進化したことで、ヒプノセラピー中に脳内で何が起きてるのかが、推測できるようになってきました。
今回は、ヒプノセラピー中に現れる脳波に注目し、ヒプノセラピーが「なぜ安全で、理にかなった方法であるのか」をひも解きます。
ぜひご一緒に、ヒプノセラピーと脳波の関係をじっくり見ていきましょう。
脳波とは何か?
脳波とは、脳が活動するときに神経細胞から出る、微弱で波のような電気信号です。
脳波が初めて計測されたのは、比較的最近で、1920年代です。ドイツの精神科医ハンス・ベルガーが、ヒトの脳波記録に初めて成功しました。
その後、測定の技術は急速に進化し、現在では安全な方法で、複数の脳波をリアルタイムで長時間測定し、記録できるようになっています。
脳波の種類と特徴
脳波は、波の速さ(周波数)によって、一般的に5種類に分類されます(単位:Hz=1秒あたりの波の回数)。
このように、意識状態や脳の活動によって、脳波の周波数と、脳波が出る推定部位が異なります。
催眠状態中の脳波の特徴
ヒプノセラピーは、シータ波が現れる「催眠状態」で行われます。
この「催眠状態」が、「レム睡眠(浅い睡眠)状態」と似ている、と捉えられることがありますが、実際には明確な違いがいくつかあります。
まず、両者の共通点は以下のようになります。
共通点:海馬周辺でシータ波が出る
ヒプノセラピー中も、レム睡眠中も、同じように、
海馬(主に記憶の処理を行う部位)やその周辺の偏桃体(感情の記憶や恐怖の反応の処理を行う部位)などから、シータ波が出ます。
Teyler & DiScennaの研究は、海馬周辺のシータ波は、何らかの「記憶や感情の再構成などの処理」が行われている可能性を示しています(Teyler & DiScenna, Journal of Newroscience,2022)。
次に、両者の相違点は以下のようになります。
違い1:後頭部にアルファ波が出る
セラピー中、視覚などの外部の刺激の処理を担当する後頭部周辺に、アルファ波が出やすくなります。
クライアントが催眠状態に入っている間、後頭部から頭頂部にかけてアルファ波が観察される研究報告は多くあります(De Pascalis. V, A Review. Brain Sciences.2024)。これは、外部刺激の処理を弱め、内面のイメージや感覚に集中できる”リラックス状態”が作られていることを示すとされています。
レム睡眠中は、外部刺激の入力作業をほぼ休んでいるため、同部位のアルファ波はほとんど見られません。
違い2:大脳皮質にもシータ波が広がる
ヒプノセラピー中は、海馬周辺だけでなく、大脳皮質のさまざまな部位でシータ波が現れる報告があります。
大脳皮質は、ふだん起きているときに働く部位で、思考・判断・感覚や記憶の統合など、人間ならではの高度で知的な処理を担当します。
このことは、「記憶・感情の処理(海馬周辺)」と「思考・判断・感覚や記憶の統合など(大脳皮質)」が同時に働いていることを意味する、と考えられています。
この点も、レム睡眠では、ほとんど見られない特徴です。
2014年に発表されたJamieson & Burgessの研究では、催眠状態において、シータ波が「海馬」を中心に「大脳皮質」の各所でも同期してネットワークをつくり、この脳内のネットワークでのやりとりが、「記憶を呼び起こしながら、意味づけをしていく”内省的な処理”を支えている」可能性があると示しています(Jamieson & Burgess, Frontiers in Human Neuroscience, 2014)。
違い3:前頭部からベータ波が一時的に出る
セラピストからの問いかけにクライアントが答える際、高度な思考などを担当する前頭部から一時的にベータ波が現れることがあります。
前述のJamiesonら(2014)の研究では、催眠状態でも「起きている意識状態」が保たれ、クライアントの判断力が働いて、脳内で言語を使ったやり取りをしていることを示唆しています。
まとめ 催眠状態は”眠り”でも”支配”でもない
以上のように、ヒプノセラピー中は、眠っているのではなく、セラピストに導かれながらも、
クライアント自身が
- 不要な外部刺激を遮断して内面に集中しながら(アルファ波が出る)
- 海馬とその周辺の記憶を呼び起こす状態をつくり(シータ波が出る)
- 記憶の再構成・再認識をしている(シータ波のネットワーク+ベータ波が出る)
という状態であることを、脳波が裏づけていると考えられます。
「催眠状態」という日本語の表現の印象から、ヒプノセラピーでは、「セラピストの誘導に支配やコントロールをされるのではないか」「望まない暗示を受けるのではないか」などと懸念される方もあるかもしれませんが、
実際の「催眠状態」は、クライアントの意識のもとに、クライアント自身が進めているプロセスです。
ヒプノセラピーが、「クライアント自身が望まない介入は避けられ、安心・安全な心理療法である」ことが、脳波の面からも解明されつつあることが、ご理解いただけたら嬉しいです。
次回(下)では、ヒプノセラピーの過程で「癒しがどのように起こるか」を脳波を切り口に、くわしくご説明します。